紫外線の発見

17世紀に、イングランドの物理学者であるアイザック・ニュートン(万有引力の法則、運動方程式、古典力学などの功績がある)がプリズムと呼ばれるガラス・水晶などの透明な媒質でできた多面体を用いて、可視光線が赤から紫までにいたる多数の色の光線から成り立っていることを証明しました。

その後、この目に見える可視光線のほかに、見えない光線が存在すると研究者たちの間で考えられるようになりました。

1777年に、セーレは塩化銀に日光を当てると紫色になることを発見し、この作用は紫色のスペクトルでもっとも強いことを証明しましたが、紫色の外側にも目に見えない光線があることまではこの実験では気づかなかったのです。(セーレの実験)

1800年に、イギリスのウィリアム・ハーシェルによって赤外線が発見され、この考えが立証されるとすぐに、ドイツの物理学者であるヨハン・ヴィルヘルム・リッターが、スペクトルの反対側である、紫より短いスペクトルを探し始めたのです。

1801年、セーレの実験をもとに、リッターは光に反応する塩化銀を塗った紙を使用して、紫の外側の目に見えない光を発見しました。これは化学光 (chemical light) と呼ばれました。その時期、リッターを含めた科学者たちは、光は「酸化発熱要素」(赤外線)、「照明要素」(可視光)、「水素化還元要素」(紫外線)の3つから構成されていると結論づけたのです。

スペクトルの他の領域との統合は、マセドニオ・メローニ(イタリアの物理学者)、アレクサンドル・エドモン・ベクレル(フランスの物理学者)らの研究まで知られることはありませんでした。

1877年になって、太陽光線の殺菌作用は紫外線であることが確認されました。

その間、紫外線は、「科学線放射 (arctinic radiation) 」とも呼ばれていましたが、それからしばらくして、1893年にドイツのヴィクトール・シューマンによって真空紫外線が発見されたいう経緯があります。

その後、紫外線は、蛍光灯やブラックライト、その他さまざまな工業用の機器などに用途が広がっていったのです。

紫外線の発見は、まさに多くの科学者たちの大変な研究、努力のたまものなのですね。私たちが紫外線に関する知識を深めていくことは、過去の素晴らしい学術や研究なくしては成り立つものでありません。

これが、私たちが紫外線への理解を深めることに、とても魅力を感じてしまう理由でもあるのでしょう。

紫外線について知識を深めましょう。

 

みなさん、はじめまして!

暑い中いかがお過ごしでしょうか?

今日、6月21日は、夏至の日です。理論上、最も紫外線の強い日です。

このサイトを通してみなさんと紫外線やその対策、日焼け止めなどの効果的な使用法などについて知識を深めていきたいと思います。

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